海外登山80周年会史から

1987年 アンナプルナⅠ峰南壁

1987年 悲しみのアンナプルナⅠ峰南壁 8091m

群馬岳連 冬季初登攀と斉藤安平の遭難

斎藤安平は1985年冬期マナスルに成功した。が、1986年は登頂からは見放なされた一年だったようだ。6月カラコロム、トランゴタワー、9月チベット、ラプチカン偵察、12月冬期マカルーと、ピークに立つことなく、年が変わり1987年3月と9月、ヒマラヤ雪男探検隊(鈴木紀夫氏)の捜索。9月の捜索を終えてそのまま冬季アンナプルナに現地から参加、先発隊の受け入れ準備に入った。

12月20日 アンナプルナⅠ峰南壁1970年英国ルート冬期初登頂を果たしたが、下山中C4キャンプにあと約20mのところで転落、行方不明になった。

隊名:群馬県冬季アンナプルナⅠ峰登山隊
期間:1987年10月~12月20日
メンバー:斎藤安平×隊長・八木原圀明、副隊長・宮崎勉、登攀隊長・山田昇、三枝照雄、小林俊之、佐藤光由、他7名

行動経過:10月:斎藤先、先発隊として登山隊の受け入れ準備、

11月3日:順次キャラバン開始

11月22日:BC(4300m)設営 テントピーク(5663m)などで高度順応

12月1日:C1(5300m)建設

12月3日:C2(6100m)建設、大雪崩でC1壊滅、多くの装備、食糧を失う。C1下部へ移設。翌日も降雪でカナダは隊を引き上げる

12月10日:C3(6850m)建設

12月17日:C4(7400m)建設

12月20日Ⅰ峰(8091m) C4より頂上アタック、山田、斎藤、三枝、小林の4名、3時40分発、15時17分、3名が登頂、15時48分斎藤登頂、下山開始。16時45分小林俊之が7900m地点で転落、行方不明。20時03分、

C4を目前に斎藤安平転落、行方不明となる。

第2次アタックを中止して、全員下山を決定。

12月27日:BC撤収、八木原、山田がネパール陸軍のヘリコプターにて上空より捜索

1月1日:本隊カトマンズ帰着

1月3日:スワナンブヤート寺院にて2名の現地葬儀

斎藤の葬儀は1988年1月24日 雪の中で岐阜県馬瀬村の自宅で執り行われた。

アンアプルナ南壁の全容 左側の壁面がルート。標高差は3500m

 

アンナプルナⅠ峰南壁(1970年英国隊ルート)キャンプは群馬県岳連隊を示す。

[山岳第83年(1988)冬期アンアプルナ南壁初登攀 八木原圀明、岳人489号(1988/3)、岩と雪127号(1988/4)、CHRONICLE、上毛新聞により編集