海外登山80周年会史から

1984年 ガウリサンカール南峰

1984年 厳しかったガウリサンカール南峰 7106m
JAC東海支部 東南稜初登攀

                             斎藤 安平

 

隊  名:日本-ネパール国際親善ガウルサンカール登山隊 1984
メンバー:斎藤安平、×(JAC東海支部) 隊長・湯浅道男、副隊長・柳沢昭夫、登攀隊長・山本一夫、他10名

行動概要

8月1日-2日 大阪~カトマンズ
8月15日-22日:先発隊キャラバン開始~ペディン村(3800m)
8月28日:本体は26日、後発隊28日、ペディン村着
8月30日:BC(4800m)建設
9月13日:C1建設(5550m)
9月22日C2建設(6180m,ツェリンマ峰・6333m)
10月1日:C3建設(6200m)
10月7日:C3上部垂直岩壁隊突破
10月18日:C3~頂上6P手前ビバーク
10月19日:頂上(15時45分)頂上プラトービバーク
10月20日:頂上プラトー~BC
10月22日:BC撤収
10月27日:カトマンズ着

登山活動

 8月1日、大阪より先発隊のチーフとしてカトマンズへ。しかしシェルパ問題で足止めに合い、13日本隊が到着、湯浅隊長がブリーフィングを翌日行い15日、先発隊として出発した。8日後の22日ロールワリン谷の最奥の村、ペディン村に到着した。小さな村で、シェルパの家を一軒借り受けた。24日には3人でBC予定地に移り、翌25日岩壁の始まる5150mまでロープを固定した。26日本隊、28日後発隊がペディン村に到着30日には隊長以下13名でBCにはいった。頂上ははるか3km以上先だ。

 

 9月2日から登り始める。未だモンスーン末期の愚図ついた天気で、午後には雨が降り出す。5日には岩壁帯を抜けC1(5550m)建設、ツェリンマ峰は下から見ると、急峻な雪稜と岩壁からなっていて、これだけででも立派な独立峰として一つの登山となるほどだ。20日までモンスーンが明けず悪天の合間を縫って登山を続けてきた。9月22日、待望のC2(6180m)を稜線上に建設。いよいよツェリンマからガウリサンカールまでの縦走の開始である。9月23日南壁の頭に通じる垂直の壁手前まで雪稜を9Pトラバースしてルート工作を柳沢チームにタッチ、一旦BCへ下山した。

 10月1日C3(6200m)建設。10月18日C3を斎藤、山本、鈴木、降旗、シェルパ2名で出発。ルート工作をしながら進み、頂上プラトーまで6P手前でビバーク。翌19日、6時ごろ行動開始、15時45分南峰に立った。頂上プラトーで2度目のビバークをする。翌20日BCへ帰着した。

 残念ながらガウリサンカール主峰への縦走は逃がしたが、困難な東南稜からの南峰初登攀に成功した。今回の遠征は7000m峰と、決して高くはないが、3kmに及ぶ長い山稜は、技術的にも高度なものを要求され、50日余を費やしての登頂であった。

[会報99号(2009年9月)より]