【2】マッターホルン ヘルンリ稜 2019.08.10-2019.08.20

CL:斉藤/記録:馬場/同行:伊藤

2019.08.14 マッターホルン ヘルンリ稜

私の高度計は4300mを指していた。目の前の雪壁を超えたら聖ベルナールに会える!

しかし、時計はもう14時を指している。ここまで10時間近くかかり、ピークに立てたとしても、はたして元気な姿で下界に立てるのか?下山するしか選択肢はなかった。

 

14日3時15分起床。ストレッチをして体を内部から起こす。朝からテンションが上がらない。期待と不安と緊張。

4時に朝食を流し込む。

4時20分にヘルンリヒュッテのドアが開く。クライマー達が一斉に取付きを目指す。我々ガイドレスパーティは後ろへ行けと押される。押したおじいさんには後で頭を踏まれた。陽が昇る前の極寒タイムに取りつきで順番を待つ。取付きには太いフィクスロープと間隔の広い鉄梯子が4つ程ついているが非常に登りにくい。ガイドの真似をして梯子と岩だけで登る方がいい。

取り付きの前で並ぶ

しかしながら、次々とガイドパーティに抜かされる。日本ではスピードトレーニングをして少しは早くなったと思ったのに、まだ足りないのか。自分の足の遅さが悔しい。明るくなる頃には辺りはガイドレスパーティのみとなった。

あっちへ行ったりこっちへ行ったりとルーファイに苦戦。前日に下見した辺りまでは良かったが、我々も無数にある踏み跡を見分けながら迷いながらソルベイ小屋を目指す。

夜が明けて下界から見たら金色に染まっているのだろうと思われる頂きを見つめる。ヘルンリヒュッテからたったの1200mだ。近い!近い!なのに、高度が稼げない。歩きの山より岩で急傾斜だから近いはずなのに。ルーファイが得意な斉藤が前を登り、私が後ろから登る。

ソルベイ小屋が見え始めたが、とにかく休む暇がない。休むのは自由、休める場所もある。斉藤のハイドレーションの飲み口が壊れる。私のハイドレーションをシェアする。ハイドレーションの中の水分は吹き戻しをしないとすぐに凍ってしまう。

ソルベイ小屋が近づくと3級程度のクライミングエリアとなる。斉藤がロープを出したいと言う。そこからは私がリードする。ソルベイ小屋到着タイムアウトだろうか、ガイドと下山する女性とすれ違う。我々はそれよりも遅いのにまだまだサミットを目指す。

 

ソルベイ小屋直下のモズレイスラブで登るガイドレスパーティ、もう山頂を踏んできて下山するガイドパーティとで少し混み合う。モズレイスラブは事前に聞いていたほど悪いことはない。やっとソルベイ小屋9:20 (4,003m)到着。

    ソルベイ小屋直下のモズレイスラブ

ヘルンリヒュッテで仲良くなった中国系アメリカ人と記念撮影。彼は指を脱臼したと言って下山した。他にもガイドレスパーティと一緒になり得も言われぬ共有感いっぱいで、なんだかみんな楽しそう!

   遅いのにまったりと急ぐw

ソルベイ小屋でミドルウェアを足す。寒い。ここから1ピッチ4級ぐらいのクライミング。フィクストラバースが怖い。つまんない事で落ちられないのでフィクスにセルフを取りトラバースする。

  ソルベイ小屋直上

支点である羊の角のような鉄杭でセルフをとり斉藤を呼びビレイする。上からはガイドクライマーがぶら下がり懸垂してきて私の頭を踏み、ぶつかってきた。いったーい!朝に押されたおじいさんだ!

後ろからクライムダウンしてきたガイドがゴメンね、ゴメンね〜と。セルフ取ってなかったら落ちていただろう。すれ違いが多くなり安全は自分で確保する。

無心になって登る。喉は少し乾くがお腹は空かない。斉藤は頭が少しボーっとする。もう下りようと言うが高山病ほどではないようなので、日没は21時だから、まだ行きたいと拒否する。今、降りると明日の再アタックはないと思った。

また登る。登る。ヘルンリ稜の肩に入ると斜度が緩くなり、岩に雪がついてきた。黙々と登っているのにスピードはあがっていないのだろう。

斉藤がもう下山を考えると時間が押しすぎているから、諦めようと言うが雪と岩からが斉藤の得意分野であるし、まだリードしてないよ。とハッパをかけアイゼン装着し、リードをチェンジ。

次に中止と言われたら、三回目なので応じようと心に決めて再び登り始めた。

そこから最後のフィクスと鎖の梯子が一段のあるところまで登り切った場所で、斉藤が、これ以上はサミットを目指しても帰る時間と体力、トータルを考えると、もう下りたほうが賢明だ。

当然、即同意。私の高度計は4300mを超えていた。最後の直登を登ったので、あと少しでヘルンリ稜の屋根となり聖ベルナールが待っているはずだが、時刻はすでに14時。9時間40分ほど行動している。日没は21時としてもヘッデン下山は必須。二人ともビバークするつもりは基本的に無く、ソルベイ小屋に泊まるつもりも無く、下山を決定。

この時はまさか、朝の4時過ぎになるとはその時は思いもしなかった。

歩き、登り、下り、ルーファイ、ロープワーク、全てにおいてのスピードを問われた。

 

急いで懸垂の準備をする。寒い。足が寒さでガクガクする。急げ、急げ、丁寧に。

三級クラスの壁が多く、懸垂を多用するが、次の懸垂支点が見つからなかったり、懸垂よりクライムダウンのほうが早かったり、挙げ句の果てに岩がガチャガチャ立っているのでロープスタックしてしまった。2番手懸垂の私のお仕事、登り返し業務。

斉藤が前を下り、私が後ろを下る。阿吽の順番だ。ルーファイが得意だけど、下山時の危険に敏感な斉藤が前、クライムダウンや下山に安定のある私が後ろだ。

我々が撤退を決めたのにサミットを目指すスペインパーティを見送り、同じぐらいのペース下山で抜き抜かれつつのイタリアパーティ。我々二人だけではないアルパインクライマーの時間。

夕闇せまる頃、またスタックさせてしまい、私が登り返す。ザックを置いたついでに、そろそろ20時なのでヘルンリヒュッテで待つ伊藤に遅くなる一報ラインを入れたら、何回もの電話や、大量ラインでスマホの充電切れ。返信するより早く下山したい。便りがないのは元気な証拠として待っていて欲しいが仕方ない。心許ない充電器で補充する。

時間は刻々と過ぎ、太陽は落ちて満月がマッターホルンを照らす。

いよいよヘッデン下山だ。

ルーファイに神経をすり潰すより、私がダウンロードしてきたGPSログ頼りとなった。幾度もGPSチェックと修正を繰り返し、ドンドンと時間は経つ。

今日が終わり、明日になる頃にまたスタック。懸垂用のリングの下にロープが押さえられ屈折した岩角の摩擦でスタックしたのだろうか?最初に斉藤が懸垂したあとにロープが引けなかった。私の懸垂時に途中で引けるか確認した時は大丈夫だったが、下からはやはりスタックしてしまった。懸垂箇所は垂壁で5.11ぐらいあるだろうか。スリングの登り返しが上手くできない。よく探すと5.9ぐらいの壁があったのでそこを冬靴クライミング。捨て縄を使って懸垂支点を伸ばす。月が煌々と私を照らすと思ったらテンション高めのアメリカ人?のヘッドライトだった。こちらもgood evening!と声をかけて懸垂して戻る。

アドレナリンがあふれているのだろうか、後にも先にもこのクライミングが一番楽しかった。やっぱりクライミングが好きだ。

こんな状態なので時間はかかるが2人の緊張は解けておらず、バテることもなく淡々と下山するだけ。やっとのことで取付きフィクスに辿り着いたのは4時前。ヘルンリヒュッテ の灯りが眩しく目に映る。これから発つクライマーのための朝食準備にスタッフが勤しんでいる時間。

最後の懸垂か?と思ったが幾度もの登り返しメンタルの辛さが蘇り、ラストにケチはつけたくない思いは2人とも同じだった。懸垂で楽をせず、フィクスロープを使ってクライムダウンにて下り修め。同下山のイタリアパーティはロープスタックを解除しに登り返した。

ヘルンリヒュッテ4:15に着いたら、ドアには今か今かとマッターホルンを目指すクライマー達がドアの前に並び、彼らが発つまで少し外で待っていたら、ヘルンリヒュッテのスタッフが通用口から出てきて、お疲れ様と笑顔で迎えてくれた。

クライマー達が出たあと、ヘルンリヒュッテ で待っていてくれた伊藤が出てきて再開。満面の笑みでただいま〜と言ったら、号泣されてしまった。

 

 

マッターホルンは遠かった。
24時間不眠不休でも遠い頂、
最後のフィクスを登ったから、
聖ベルナールまであとわずか、
ここまでやれることはやった、
悔いはない。

馬場

 

 

山頂に立つことは叶わなかった。
けど、無事に戻って来れれば、また挑戦できる。

斉藤

 

 

※ヘルンリヒュッテ(3,260m)4:20~9:20ソルベイ小屋(4,003m)~14:00我々のサミット(4300m)~懸垂~4:20ヘルンリヒュッテ(3,260m)

※マッターホルン(4,478m)に届かず。

※装備ウエア:ハードシェル上下・ミドルレイヤー・ベースレイヤー・タイツ・冬ソックス・冬靴・薄手皮手袋・インナー手袋(寒かった)・サングラス・防寒着・帽子

※装備登攀:40Lザック・ヘッドランプ(替電池必須)・ヘルメット・アイゼン・ピッケル・確保器・ハーネス・環カラビナ各2・カラビナ各3・長スリング各1・短スリング各2・ヌンチャク各2・捨て縄2・パス・ハイドレーション・テルモス・非常パック・ツエルト・ダブルロープ50m1本・スマホ(充電池)

※装備食糧:ウィダーインゼリー・アミノバイタル・1本満足バー(各自360キロカロリーしか摂取できず)・水分2L弱(うち1L摂取)

 

【3】マッターホルン ヘルンリ稜 へ続く

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